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主にリハビリの日々を書いてます。早く歩けるようになれますように!

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入院32日目 術後28日目
 そして、退院する日の朝が来た。32日目の朝が来た。先生と最後のお話で、右足がちょっと(壊死範囲が)うつってきたとのことだった。ステージ1かときくと、ステージ2の初め、とのこと。おいおいレントゲンとったの先週だろうが。それとも言ったら落ち込むから退院の日まで待っていたのだろうか。とにかくステロイド性で両足に壊死が出る確率は70%以上だし、変形性股関節症だってみんな両足にきてる。だから片足だけで終わったなんて、言えないのだ。今さら、右も壊死だからって泣くことはできない、けれど先生が帰ってからやはり泣きたかった。24の時にUCになって、その時の日記を見たら、私の人生の中で確実に今一番下だとあったけれど、まだ下があったな。まだずっと底があったな。もうすぐ26だけどまだこの悪魔のスパイラルからは2年ほどは抜け出せそうにない。9月になったら歩けるなんて嘘だ。9月になったら右がもっと痛いことになっているだろう。そしてまた冬に手術、それまで待てないということになるかもしれない。それでも骨頭回転と自分で選択したのだ、右が痛いけれど、人工関節じゃなくて自分の骨を使うと、自分で決めたのだ。
 ミュウが言った。「私は小さなときから自分に対して行動規範をつくって、その通りに進むということを好んだのよ。だから自分のことに精いっぱいで、たまたま健康じゃない人について理解をしなかった。たまたま不幸せなひとたちに対して理解をしなかった。だから25歳の時に起こったあのことは、わたしが作り出したとも言えるわね」
 そっくり私にそうだ、と言いたい。UCからステロイドで骨頭壊死になる確率はかなり低い。その中でまだ投与量も少ない私が、どうして私がなったのか、それにより仕事を失い、それにより20台の何年間を失うことになろう。どうしてなったのか、と外的要因を求めることはできない、と思う。それはすべてが自分で作り出したことだからだ。自分が今までたまたま勉強が出来て、たまたま健康だった時に、たまたま不幸せな人や、たまたま健康じゃない人たちに少しでも視線を向けることをしてこなかったせいだ。いつも自分のことばっかりで、周りの人たちのことを考えてこなかったからだ。でも、仕方なかったのよ、と私は言いたい。それに対して私に注意してくれる人はいなかったし、私はずっと転校生で、いつも新しい地でゼロから人間関係を作っていかなければなくて、私を擁護してくれるのは誰もいなかったし、私は私を守るので精いっぱいだったのよ、と言いたい。
 最近いつもこんなことを考えているが、何かが起こった時に失ったものの数を数えるものは生き残ることはできない、わたしが常に心にとめている言葉のひとつだ。私はこの病気でいろいろなものを失ったけれど、もっとひどいことだって起こり得るはずだったのだ、と思う。もっとひどいことだって、起こることだってある。私は自分の病気を受容し、うまく折り合いをつけていかなければならない。
生きていかなければならないのだ。

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